やくろぐ

ー人の薬に立ちたいブログー

忙しい生活に「余白の美」を加えてみては?

広告

f:id:chacatechin:20180724204409p:plain

どーも、ひゃくさんです。

みなさんはどのような生活に憧れていますか?

僕は一生懸命働いて生きていくことに、価値を見出していました。それこそ人生を充実させる術だというくらいに。しかし最近は「余白の美」のある生活に憧れています。

余白の美

余白の美」、それは日本独特の感性であり、それは多くの芸術作品にも現れています。

f:id:chacatechin:20180724202049p:plain

出典 www.natsume-books.com

余白には何もないのではありません。そこには作者の思いや、感じる側が想像して様々なものを映し出すのです。

海外の人々がたくさんの花が描かれた絵に心打たれるのに対し、日本人は1輪の花で心を打たれるといいます。日本独特の感性、それが「余白の美」なのです。

余白がない絵に感じること

人生を捧げるようにバリバリ働いて、出世もして、お金も稼いで。傍から見たら、すごく充実した生活を送っているように見えます。

僕はこれまでこういう生活に憧れていました。憧れていなくても、知らぬ間にそうなっている人も多いと思います。

でも、改めて自分がそのような人生だったとして、生涯を振り返る時に「あれ、なにしたんだっけ。」となるような気がしてならないのです。人生を一つの絵としたとき、紙が真っ黒でなにも見えないのです。

実際に僕は社会人になって1ヶ月目はほとんど仕事に没頭してました。仕事が終わって家に帰っても仕事のことばかり考えてました。

ただ、そういう記憶しかありません。しっかり勉強もしていたはずなのに、今の仕事の土台となっているはずなのに、あれ?なにしてたっけ?とすら思うのです。

余白=心のゆとり

頑張って働くこと、それはとてもいいことだという考えは変わっていません。そこに心のゆとりを持つということが重要なのです。何も書かれていない「余白」を加えること。それが今僕が憧れている生活です。

「余白」があることで更に、毎日が際立ち、より美しく豊かな人生になると僕は思います。

僕はこれに気づいたとき、これこそ日本人に通じる「余白の美」なのでないかと思いました。黒で描かれている部分と同じくらい白い部分もまた重要なのです。

ただ、ゆとりを持ちすぎるのもダメです。今度は絵が真っ白になってしまう。またこれも何も見えません。バランスが大事なのです。

心にゆとりを持つために

社会人になって1ヶ月目は仕事に没頭しました。そこで心にゆとりのない僕は、ゆとりを持つために読書と家庭菜園を始めました。

なにげない、そんなことでゆとりもてるのかと自分でも思いますが、そこから2ヶ月生活がかなり変わりました。見えるものも、感じるものも。

本当に心にゆとりが持てたのか定かではありませんが、明らかに記憶に残る2ヶ月になっています。たった数分の積み重ねですが、それが大事なのです。

毎日毎日、忙しく働いている人。人生の充実さを見出していない人。少しの心のゆとりを持つだけでも、日々の生活の見え方が変わってくるのではないでしょうか。

 

自分の人生を一つの絵としたとき。それが真っ白でも真っ黒でも、僕は満足できないでしょう。少なからず、黒か白を求めるはずです。

何かしらの絵があってこその余白。余白があってこその絵。僕はそんな人生を歩んでいきたいです。